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第4回 元ピッツバーグ・パイレーツ 桑田真澄氏 <後編> 「挫折を恐れぬモチベーション力」|金井壽宏のモチベーション講座|システム構築やトータルソリューションをお探しなら、Dunyaturuソリューションズをご利用ください。

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第4回 元ピッツバーグ・パイレーツ 桑田真澄氏 <後編> 「挫折を恐れぬモチベーション力」

前回に引き続き、2008年3月に現役引退を表明した元ピッツバーグ・パイレーツ 桑田氏を軸に、「挫折を恐れぬモチベーション力」について考えてみたいと思います。

前編では、「ひたむきに生きる」「プロセスをより深く生きる」の2つの生き方に触れ、野球に対して挑戦し続ける「真摯さ」について分析してきました。後編では、「試練とともに生きる」「人とともに、言葉とともに生きる」という桑田氏の生き方を紹介しながら、苦難や試練を糧にし、挫折を恐れずに突き進む「粘り強さ」について考えたいと思います。

「試練とともに生きる」
試練こそ試金石。桑田氏が、あらゆる苦難やトラブルに感謝する理由とは

桑田氏は、いまや「野球界の求道者」ともいわれ、ファンの尊敬の対象ともなっていますが、以前はダーティなイメージが先行した時期もありました。まず、読売ジャイアンツにドラフト1位で指名され、プロ野球デビューを果たしましたが、事前に大学進学を示唆していたことから、巨人との密約がささやかれ、凄まじいバッシングを受けました。その後も、野球賭博や高額な接待に関わる疑惑、不動産取得に関わる借金など、野球以外でさまざまなトラブルに見舞われています。また、1995年には右肘、2006年の右足首をそれぞれ故障し、過酷なリハビリを余儀なくされました。

そうした苦難に対し、桑田氏はさまざまなメディアや自身のブログで「苦難を与えてくれてありがとう」という旨を口にしています。少々人間ができすぎかな、と思わなくもありませんが(笑)、確かにそれらの苦難と彼自身の成績などを比較してみると、苦難の後に大きな充実感を得ていることは明らかのようです。

試練や困難に直面するほど、僕は燃える。試練を克服してこそ、自分は磨かれるのだ ※1

たとえば、ドラフトの一件でバッシングにあった翌年には沢村賞を獲得し、一連のスキャンダルに見舞われた後には最多奪三振を記録し、最優秀選手にも選ばれています。そして、ファンにとって印象的だったのは、1995年に右肘を故障し、選手生命をかけた大手術後のことでしょう。再起をかけ、不安との闘いの中、桑田氏はリハビリに専念しました。「投げられなくても、下半身は鍛えられる」とひたすらジャイアンツ球場の外野をランニングし、その芝が剥げ上がった部分は「桑田ロード」と呼ばれたそうです。そして、1997年の奇跡的なカムバック。術後初の登板でマウンドにひざまずき、プレートに右肘をつけて「野球の神様」に感謝の意を捧げる姿には、野球ファンはもとより、多くの人々が胸を熱くしたことでしょう。

その後、ゴールデングラブ賞などの栄誉に輝きますが、成績として決して納得してはいなかったといいます。しかし、ある日、彼はエースでいること、良い成績をとることではなく、野球を楽しめること、そのために努力することに価値を見いだしている自分に気がつくのです。そして、必然的に努力するきっかけになる「試練への感謝」を口にするようになっていきました。

つまり、桑田氏にとって「試練」は、努力するためのきっかけであり、自分を磨くための試金石。試練があるからこそ、次のステージにいくことができ、ますます大きな充実感を得られる。その際に結果がついてくることもあれば、ないときもあるが関係ない。「努力できた」ことそのものが、インセンティブ(内発的な報酬)だと考えるわけです。

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