| 日立ソリューションズTOP | プレミアムサービスWeb TOP | この人に学ぶ | 平成の世にサムライを探して | 三國清三 |

三國清三『常に本気で歩んできた激動の料理人人生──「日本人らしさ」を誇りに世界に立ち向かえ』

ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、オセアニアなど、世界各地で料理フェアを開催し、グローバルな評価を集める料理家 三國清三氏。日本人でありながら、洋食の世界でワールドワイドに成功できた理由は果たしてどこにあるのだろうか。「世界のミクニ」、その飛躍の秘密に迫る!

初めて食べたハンバーグの味

三國清三(みくにきよみ)プロフィール
1954年北海道生まれ。
中学卒業後、札幌グランドホテル、帝国ホテルなどで料理人として修業し、74年に20歳でスイス日本大使館の料理長に就任する。
ヨーロッパの三つ星レストランでの修業を経て82年帰国。85年、東京・四ツ谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープンする。

※黒字=三國氏

── 子どもの頃はどんなものを食べていましたか。

僕が生まれたのは、北海道の増毛という小さな町です。おやじは、毎日小さな舟で漁に出ていましたが、海がしけると舟を出すことができません。そうすると、家に食べ物がなくなってしまう。ひもじい思いをしながら海が凪ぐのを待って、凪いだらすぐに浜辺に走り、打ち上げられたものを拾って食べるわけです。中でもよく食べたのがホヤでした。海水で洗って、その場で食べるんです。今思えばホヤは、甘い、酸っぱい、しょっぱい、苦い、その四つの味を備えている海産物です。あれを食べることで、僕の味覚は鍛えられました。

── 料理人になるきっかけは何だったのですか。

家が貧乏だったので、僕は高校に進学することができませんでした。それで、札幌の米屋さんに住み込みで働き、夜は調理師学校に通うことにしました。学校なら何でもよかった。高校に行った奴らには負けたくないという思いで毎日通いました。

ある日、米屋のお姉さんが、僕にハンバーグを作ってくれました。黒いソースが掛かっているのを見て、「これは毒だ!」と即座に思いました。おふくろから、黒いキノコは毒だから食べてはいかんと教えられて育ちましたから、黒い食べ物はすべて毒だと思っていたんです。

三國氏しかし、出されたら食べないわけにはいかない。恐る恐る箸を入れたら、中からジュワーっと肉汁が出てきて、ソースをなめると甘酸っぱい味がしました。それまで食べたことのなかった味です。感動しました。ハンバーグを作る料理人になろうとその瞬間に決心しました。16歳の時のことです。

米屋のお姉さんに聞けば、ハンバーグといえば札幌グランドホテル、ということらしい。当時、「北の迎賓館」と呼ばれていた立派なホテルです。折よく、通っていた調理師学校のテーブルマナーの講習をそのホテルでやるという。「これだ!」と思って、講習に参加しました。キッチンを見学させてもらうと、大変偉い感じのおじさんがいて、周りの人がびくびくしながら接している。

それが、青木保憲さんという札幌グランドホテルの料理課長でした。僕は、青木さんに「何でもしますからここで僕を使ってください」と必死に頼み込みました。青木さんは「じゃあ、従業員食堂で飯炊きの仕事をやれ」と言ってくださったのです。そこから必死で料理を勉強しました。厨房に泊まり込んで、朝まで練習するんです。オムレツ、ステーキ、魚料理──。2年間でありとあらゆる料理を覚えました。

辞めようと思った時に訪れた大きな転機

── その後、東京に出ていくわけですね。

先輩から、「東京の帝国ホテルには料理の神様と呼ばれている村上信夫という人がいる」と聞いて、どうしてもその人に会いたくなりました。札幌グランドホテルの総料理長がたまたま村上さんと知り合いで、話をつけてくれました。それで18歳で初めて津軽海峡を越えたわけです。オイルショックの頃です。村上さんにお会いすると、「不景気だから社員としては雇えないけれど、洗い場での仕事はある」と言われました。洗い場で働きながら、料理人になるチャンスを待とうと思いました。

三國氏でも、チャンスは来なかった。僕は20歳になっていました。これ以上続けることはできない。辞めよう。その前に、帝国ホテルの全部のレストランで食器を洗うことにしよう。そう考えました。帝国ホテルには18のレストランがありました。自分がここで働いた証明として、そのすべてのレストランの鍋をピカピカにしてやろうと思ったわけです。

村上さんから呼ばれたのは、そんな時でした。「そろそろ北海道に帰れ」と言われると思っていたら、「帝国ホテルで一番腕のいい料理人をスイスの日本大使館に派遣してくれと言われている。君を推薦しておいたから、ジュネーブに行く準備をしなさい」。そう村上さんは言いました。

帝国ホテルで働く600人の料理人の中から、正式の料理人でもない僕を「センスがいい」という理由で選んだというんです。見ていてくれたんですね。でも、スイスとかジュネーブとか言われても、何のことやら分かりません。ただ、増毛に帰るよりはましだと思った。だから、海外に行くことにしました。

会員登録をしていただくと、続きをご覧いただけます
会員登録はこちら
(別ウインドウでリンク。これより先はSSL暗号化通信と鳴ります。)

※本サービスは法人のお客様向けに提供しております。法人に所属していないお客様は入会をお断りさせていただく場合がございます。何卒、ご了承下さいますようお願い申し上げます。

会員詳細について>>

「この人に学ぶ -Expert-」カテゴリの他のコンテンツも見る

  • 平成の世にサムライを探して
  • キーパーソン
  • あの人のモノ選
※2010年9月30日以前に公開されたコンテンツについては、本文中の社名は当時のもの(日立システムアンドサービス)となっております。
会員登録がお済みでない方はこちら 会員登録 こちら
会員の方はこちらから ログインページへ
【プレミアムサービスについてのお問い合わせ】0120-571-488 受付時間:月〜金(祝祭日除く)10:00〜17:30
ミスタープロジェクトマネジメント 名内泰藏特集
https://velomarket.org.ua/

ムひーミシ nissan-ask.com.ua

www.optiontradingstrategies.net/ar/binary-options-guides/