私が入社した1981年は、まだ男女雇用機会均等法さえない時代。
それでも経営工学の知識を活かしたいと考えIT業界に飛び込んだのです。
そして、担当することになったのは、あるCADシステムの拡販でした。
しかし海外で作られた類似先行製品のクオリティが高く、苦戦を強いられました。
20代で初めて裁量を持って任された仕事でしたが、強い競合製品を前に何度も分析を重ね、
戦略を立て直し続けても、思うような成果は上げられませんでした。
それは苦しい経験でしたが、いま思えばこの経験が私の糧になったと思います。
「お客様に求められる製品を作りたい。」
「お客様の期待を超えるソリューションを提供したい。」
そんな思いを抱えたまま、結婚し出産を終えて職場に戻ったときに、
中堅市場をターゲットとする部門へ異動しました。
そこで、色々なアプリケーションの拡販・構築をする中で
新たなアプリケーションソフトの商品化を考えるようになっていました。

それは、社員の就業管理を行うアプリケーションソフトでした。
当時、類似製品はありましたが、
多くの企業が導入しやすい汎用性の高いものはまだ多くはありませんでした。
私は、それまでの経験から、このアプリケーションならば市場で戦えると睨み、
商品化を起案し自らもお客様への提案活動に走り回りました。
今では、これは人事系のアプリケーションソフトの定番になりましたが、当時はまだ黎明期。
マーケット戦略などでは会社の方針とぶつかる時期もありました。
しかし結果を出すことで認めてもらおうと考えました。
そして、業務を続けるうち製品もシェアNo.1になるほど成長していたのです。
こうして、最初は数人で始まったチームは、課になり、やがて部になりと、
製品の成長とともに私のキャリアも成長していきました。
私は現在、常務執行役員として事業をマネジメントしています。
子育てと両立しながら役員に、と聞くと驚かれる方もいると思いますが、
結果を出した人間なら必ず評価される会社なのです。

家庭とキャリア。
その両立には関係する
周囲の皆さんの協力は欠かせません。
子育て真っ最中の頃は、
周囲に家庭の状況を細かく報告していました。
「子どもが熱を出しそう」とか
「この日は、学校行事で休む」とか。
先んじてアラームを出して周囲に協力してもらう。
その代り、できるときは人の何倍も働く。


そこまで私ができたのは、期待してくれるお客様・職場の皆さん・家族があったからです。
失敗を恐れず、伸び伸びとパーソナリティを発揮して仕事をして欲しいと思います。
私は、数々の失敗を糧に、それを乗り越える人を応援したい。
私のマネジメントは、“人を信じて任せ、成長を見守る”スタイル。
こんなやり方ができるのは、子どもを育ててきた経験も役立っていると思います。
学生のみなさんにも、自分のやりたいことを、強い意志を持って貫いてほしい。
そして、失敗から何かを学び取って成長する人であってほしい。
そんな人財が活躍できる環境が、ここDunyaturuソリューションズにはあると思うのです。

viagraon.com

www.best-cooler.reviews

Кондитерские витрины